元救急隊員に聞いた、救急車でたらい回しになる理由【新型コロナ】

救急車を要請して医療機関を受診しようとした人が、なかなか受け入れ先の医療機関が決まらず、病院決定までかなり時間を要したと言うニュースを聞きました。

 東京都内で新型コロナウイルスに感染した疑いがある患者が救急病院から受け入れを断られている問題で、搬送先が決まらない件数が約4倍に増えたことがわかりました。

 都内では発熱を訴える40代の男性が新型コロナウイルス感染の疑いなどから、約40の病院から受け入れを断られるなど搬送先が速やかに決まらない事案が複数確認されています。その後の東京都への取材で、救急隊の搬送時に5箇所の病院から受け入れを断られたり搬送先が決まるのに20分以上かかる、いわゆる「たらい回し」となった事案が先週1週間で584件あったことがわかりました。これは去年の同じ時期に比べて約4倍となります。救急病院のなかには院内感染の恐れなどから受け入れができない所が多くあり、都と病院は対策を急いでいます。

テレビ朝日 ANN NEWS 「コロナ感染 『たらい回し』・・・都内で去年の約4倍」(2020/4/15 12:00) より[https://news.tv-asahi.co.jp]

この「たらい回し」には大きく3つの問題があります。

1つ目は、患者への負担が増してしまうことです。
患者さんは何かしらの症状を訴えており、医療機関への搬送を望んでいるわけです。しかし医療機関の受診まで時間がかかり過ぎると、その間に症状が悪化してしまう可能性があります。
また、時間がかかりすぎてしまうことでイライラしてしまい、粗暴な言動や行動に出てしまい結果的に更に時間がかかるような事態に陥る可能性もあります。

2つ目は、他の患者さんへ対して不利益になることです。
救急車の台数には限りがあります。1台1台が各現場で長時間拘束されてしまうと、同一管内で重症患者から救急車の要請があった場合、より遠い場所から救急車が出動することになります。救急車の到着が遅れてしまうことは、重症患者さんにとって命に関わることがあります。

3つ目は、救急隊員の労務管理上の問題です。
救急隊員は、患者を病院へ収容した後も待機場所へ戻るまでの間、救急要請があれば次の現場に向かいます。
そのため、1件1件の活動時間が延びると、食事を摂ったり休息の時間が十分に得られず、労務管理に支障を来します。

今回は、なぜこうした「たらい回し」が起こってしまうのかを調査しました。

元救急隊員の方の話も交えて、お伝えします。

はじめに:救急搬送の流れを知る

まず、救急要請時の「たらい回し」を語るには、救急搬送の流れを知る必要があります。

東京消防庁ホームページに公開されています、「安全・安心情報」、「119通報の仕組み」を引用させていただきます。

東京消防庁 「安全・安心情報」、「119通報の仕組み」より引用

上の図からわかるように、119通報があるとまずセンターで受け付け、状況に応じて救急車や消防車、救助工作車などを現場に出動させます。

この時に選ばれる基準は、基本的に現場から一番近い部隊が選ばれるようです。

幸いすぐ近くの救急隊がいれば、10分以内に救急隊が現場に到着します。

救急車の平均現場到着時間
平成29年は中の統計で、全国平均が8.6分(対前年比+0.1分)
※総務省報道資料「平成30年版 救急・救助の現況」の公表より

救急隊が現場に到着した後の大まかな現場活動の流れは以下の通りです。

① 患者から状況を聞き、必要であれば現場で救急処置を施す。

② 患者を担架(ストレッチャー)に乗せ、救急車内へ収容する。

③ 救急車内で、バイタルサインを観察、必要な救急処置を施す。

バイタルサインとは
Vital Signs = 生命兆候
人間が「生きている」と言う事を示す指標のようなもの。
脈拍血圧呼吸体温の4つが基本。
これらの数値を見て、異常があった場合は数値・状況などを見て病態を予測。適切な処置を施しながら、適切な医療機関へと搬送する重要な要素となるもの。

④ 病態をある程度予測し、適切な医療機関を選定する。

医療機関の選定基準
現場からの距離、病院の専門性、対応できる医師がいるか、入院するベッドがあるか、等さまざまなポイントを考慮して救急隊長もしくは救急救命士が判断する。

⑤ 搬送したい医療機関へ電話連絡を実施し、電話に出た看護師もしくは医師に患者の症状やバイタルサインを伝達、受け入れ交渉をする。

⑥ 看護師もしくは医師が「診察可能なので連れてきてください」と回答すれば交渉は成立。救急車を出発させ、交渉成立した医療機関へ搬送する。

⑦ 看護師もしくは医師が「診察できないので他の病院に交渉してください」と回答すれば交渉は不成立。次の候補の病院へ電話連絡を実施し、⑤からやり直す。

千葉県健康福祉部医療整備課が平成30年3月に作成した、「平成29年度 救急搬送実態調査結果」によると、救急隊の平均現場滞在時間は20.47分で、滞在時間が15分未満の割合は30.5%。

千葉県健康福祉部医療整備課 (平成30年3月)「平成29年度 救急搬送実態調査結果」より

さらに、既出の「千葉県 平成29年度 救急搬送実態調査結果」によると医療機関への平均受け入れ交渉回数は1.33回で、交渉回数が1回で済んでいる割合は80.7%となっています。また、交渉回数が5回以上の割合は1.7%で、交渉回数の最大は16回でした。

千葉県健康福祉部医療整備課 (平成30年3月)「平成29年度 救急搬送実態調査結果」より

私の知り合いの元救急隊員に聞いたところ、病院への受け入れ交渉は早ければ1回5分程度長い時は20分以上かかってしまうこともあったそうです。

冒頭で紹介したニュースでの、交渉回数が40回を超えるとなるとかなりの長時間に上ったであろう事が想像できます。

病院の救急受け入れについて知る

「受け入れ拒否って、医師は基本的に患者の診察を断ってはいけないのではないの?」

たしかに、日本の医師法において「応召義務」と言うものが法令で定められています。

応召義務とは
日本の医師法において医師の職にある者が診療行為を求められたときに、正当な理由がない限りこれを拒んではならないとする法令で定められた義務のこと。
応召の義務の要件は昭和24年に厚生労働省の通達で示された。
その後、医療を取り巻く環境の変化を反映するため、令和元年12月に改めて見直され、「応召の義務は医師が国に対して負担する公法上の義務であり、医師の患者に対する私法上の義務ではない」事が明記された。
※ウィキペディアより

この「応召義務」は解釈の仕方によっては「医者は診察を断れない」となりますが、「正当な理由がない限り」という一文が重要となります。

厚生労働省医政局長が各都道府県知事宛てに発出した、「応招義務をはじめとした診察治療の求めに対する適切な対応の在り方等について」(医政発1225第4号、令和元年12月25日)によると、以下のように記載があります。

1− ( 3 ) 診療の求めに応じないことが正当化される場合の考え方
 医療機関の対応としてどのような場合に患者を診療しない事が正当化されるか否か、また、医師・歯科医師個人の対応としてどのような場合に患者を診療しない事が応招義務に反するか否かについて、最も重要な考慮要素は、患者について緊急対応が必要であるか否か(病状の深刻度)であること。

 このほか、医療機関相互の機能分化・連携や医療の高度化・専門化等による医療提供体制の変化や勤務医の勤務環境への配慮の観点から、次に掲げる事項も重要な考慮要素であること。

・ 診療を求められたのが、診療時間(医療機関として診療を提供する事が予定されている時間)、勤務時間(医師・歯科医師が医療機関において勤務医として診療を提供する事が予定されている時間)内であるか、それとも診療時間外・勤務時間外であるか。

・ 患者と医療機関・医師・歯科医師の信頼関係

 (中略)

2 患者を診療しない事が正当化される事例の整理

 (中略)

 ② 緊急対応が不要な場合(症状の安定している患者等)
  ア) 診療を求められたのが診療時間内・勤務時間内である場合
    原則として、患者の求めに応じて必要な医療を提供する必要がある。ただし、緊急対応の必要がある場合に比べて、正当化される場合は、医療機関・医師・歯科医師の専門性・診察能力、当該状況下での医療提供の可能性・設備状況、他の医療機関等による医療提供の可能性(医療の代替可能性)のほか、患者と医療機関・医師・歯科医師の信頼関係等も考慮して緩やかに解釈される。

応招義務をはじめとした診察治療の求めに対する適切な対応の在り方等について」より部分抜粋(医政発1225第4号、令和元年12月25日)

堅くて難しい文字が羅列していますが、
要するに緊急時は医師や医療機関の診察能力や専門性、当該状況下での医療提供の可能性や設備状況、他の医療機関を受診できる可能性などを考慮して、総合的に判断して断ることもできると言うこと。

ましてや救急車で来る急患は、緊急対応となるので、断りやすいのです。

もちろん、平日の昼間などの一般外来が開いている時間帯や常勤医師、常勤技師などが潤沢にいる時間帯はほぼ断られることはありません。

夜間、休日は特に難しい

夜間帯や休日は、少数の非常勤医師が万が一に備えて守っている程度で、レントゲンや血液検査などの精密検査をするための技師さんが夜間は常駐していない場合などもありますから、たとい医師が診察したくても、事実上診察が不可能な場合が多いです。

医師の皆さんも、人を救いたくて仕事をしています。

ですが、医師1人ではあまり多くのことができません。

技師さんや看護師さんなどチームワークで診療をしていますから、個人プレーで人は救えません。

設備的に受け入れ準備が整っていないのに患者を受け入れると言うことは、結果的に患者さんのためにならない事を熟知しているのです。

 

しかし、夜間や休日でも急病人は現れます。

そのために、各自治体の医師会などでそれぞれ独自に時間外診療を受け入れる医療機関を輪番などで定めている場合が多いです。

内科・外科・小児科 など大まかな外来診療ができる医師を時間外で常駐させ、救急搬送を受け入れる当番(待機)病院を指名している場合がほとんどです。

また、この指定をうける病院も「救急指定病院」として救急患者の診療に協力できる事を都道府県に申し出た病院からなっています。

ですが、病院が潤沢にある地域ならともかく、少数の病院で対応している場合は当番病院でも受け入れが難しくなってしまうこともあります。

救急には種類がある

救急指定病院について少し触れましたが、
これには3つの種類があります。

1次救急、2次救急、3次救急です。

1次救急とは、入院や緊急手術などを伴わない医療です。
自力で歩いて受診できる人向けです。

2次救急とは、入院治療を必要とする中等症〜重症の救急患者を受け入れる医療機関です。

3次救急とは、重症患者や複数の診療領域にわたる重篤な救急患者を扱う、いわゆる救命センター(救命救急センター)のことです。

1次救急医療機関は、当番病院や在宅当番となっている診療所が対応しています。

自力で歩けない人が救急車を呼ぶと、大体は2次医療機関へ搬送されます。

3次医療機関は、交通事故での重症患者や心肺停止や呼吸困難、胸痛、脳梗塞など重症患者を受け入れるので、「風邪症状」や「腹痛、下痢」などの比較的軽い症状の患者を三次医療機関へ救急車で搬送することはあまりありません。

たらい回しの原因

さて、ここまででなんとなく救急隊の流れと受け入れ側である病院の体制などがわかってきたでしょうか。

ではどうしてたらい回しが起こるのか。

今回のコロナウイルスに関して言えば、多くの3次医療機関がコロナ対策に関わっており、医師や看護師などのスタッフを普段より多く投入して多数の感染症患者に対応しています。

中でも重篤な症状がある患者などは、ICU等に収容されており、常に医師の監視下にて医療行為が施されています。

こうした状態で、比較的軽症のコロナ患者は3次医療機関ではなく、2次医療機関へ搬送(救急隊、もしくは保健所によって搬送)されます。

しかし2次医療機関も、感染症患者を受け入れるに当たって準備を整えなければなりません。

保健所が軽傷者に自宅待機を促すのはこのためです。

順次準備が出来次第、診察・入院を指示している状態であるようです。

その待機指示を待たずに自ら救急要請をし、病院への搬送を希望した場合、受け入れ先の病院を見つけるのはとても難しいようです。

特に今回のケースでは、保健所の判断が最初で、その後に医療機関選定などが決定するようですから、保健所から「自宅待機」を言い渡されている患者を病院が受けることは少し難しいのです。※もちろん、見てくれる病院もあります。

 

これはコロナウイルスに限らず、他の疾患でも同じようなケースがあるようです。

元救急隊員の友人に聞いたところ、特に苦労するのが下記のケースだそうです。

・アルコール依存症の患者が、アルコールを摂取した状態で体調不良を訴えている場合

・夜間や休日などに精神や整形外科、眼科など専門領域での診療を強く希望している場合

・患者が未成年者で、保護者や関係者が居らず、連絡も取れない場合

・喧嘩などで興奮状態にあり、救急隊や関係者に危害を及ぼす危険性がある場合

・家族が救急要請をしたが、患者本人は頑なに病院受診を拒否している場合

・身分証明書などを持っておらず、住所などもわからず、会話ができる状態でありながら素性を明かそうとしない場合

これらはほんの一例で、まだまだ苦慮する現場はたくさんあるとのことでした。

私たちにできること

医療的緊急事態宣言という言葉をよく耳にするようになりました。

たらい回しもそうですが、最前線の医療現場で日々働いている医師、看護師、救急救命士、自衛官、警察官、保健所職員、などなど、多くの方がリスクと隣り合わせでいます。

私たちも通常の暮らしが送れず、病院受診も気軽にできず、不安な事がたくさんあります。

政治的・経済的不安ものしかかってくることでしょう。

ワクチンの開発も、どの程度の期間を要するのかわかりませんし、果たしてワクチンが完成するのかすらわかりません。

そんな中、いまわたしたちにできる最善のことは、公衆衛生上の勧告や指示に従うことと、社会的距離を保つこと、家にいること、手を洗うこと、顔を触らないこと、という基本的予防策しかありません。

ですがその基本的予防策を講じることこそが、疲弊する医療従事者を助けるためにできる、私たちの最善のことなのではないでしょうか。

長いトンネルですが、みんなで頑張りましょう。


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